秋月記

21otona.jpg筑前の小京都と呼ばれる秋月は、私の好きな場所の一つ。昔から、折にふれて訪ねてきました。
花や紅葉の季節以外は観光客も少なく、いつも静かで落ち着いたたたずまいを見せてくれます。城跡の石垣や黒門、まっすぐ通った馬場、往時を偲ばせる町並みもひっそりとして、歩いていると今にも往時の武士や町の人々の息づかいが聞こえてきそうです。

時は江戸後期の1811年(文化8年)。福岡藩の支藩であった秋月藩では一大政変が起こります。本藩からの付家老宮崎織部と渡辺帯刀などが、若き藩主長韶を軽んじて藩政を専断したとして罷免され召還された、いわゆる「織部崩れ」。
正義に燃える主人公、間小四郎は有志とともに家老・織部を告発しその罷免に成功します。だが、小四郎が救ったはずの秋月藩には、事件を機に逆に福岡藩の支配が強まり、小四郎たちは苦境にたつことに。
実は事件そのものが、財政が逼迫する小藩・秋月藩の債務を本藩に押しつけて秋月藩を救うことを狙った織部による捨て身の策謀だったのでした。
秋月藩乗っ取りを狙い続ける福岡藩と、それを必死に阻止しようとする郡奉行となった小四郎。小藩の責任者として、隠居した後も藩政を動かしていくなかで小四郎は、次第にかつての家老・宮崎織部の胸の内を察するようになっていきます。
権謀術数うずまく政事、隠密との暗闘や実在の儒学者・原古処の離郷、その娘で後に男装の女性漢詩人・采蘋として知られる「もよ」の淡い恋心、地元名産・久助葛の生産秘話なども織り込んで、間小四郎の生涯を描きます。

簡潔でテンポの良い筆の運びは、著者が新聞記者出身であったからなのでしょうか。
著者の葉室麟さんは北九州市小倉のご出身で、ちょっと遅咲きの?歴史小説界期待の新鋭として高い評価を受けている作家です。
筑後で育った私は葉室さんと同い年という訳ですが、若い頃に小倉と筑後で、ちょうど真ん中にある秋月をはさんで暮らしていたのかと妙な共感を抱きました。

晩年、織部と同じように流罪となって秋月を離れる際、小四郎は護送の役人・杉山にたずねます。
 「杉山殿は秋月に来られて騒がしい様をご覧になられたか」
 「いや、まことに静謐でござった」
 「その静謐こそ、われらが多年、力を尽くして作り上げたもの。されば、それがしにとっては誇りでござる」

この五月に私が訪れた秋月も、通りには人影もほとんどなく美しい緑の中で、あくまでもひっそりと静かでした。
(角川書店・刊) 

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