あなたの中のサル 

13otona.jpg今年は戌年なのに、のっけからサルのお話で恐縮です。私が子どもの頃『がんばれゴンベ』という園山俊二さんのマンガがありました。お山からでてきた子ザルが、人間社会に暖かく包まれて暮らす楽しいマンガが大好きでした。ゴンベくんは日本猿の設定でしたが、姿形や名前から本当のモデルはチンパンジーだったのではないかと思います。最近でも、テレビでチンパンジーの子どもが人気です。

その愛らしくて平和なチンパンジーのイメージが、1970年代以降、研究者の世界では変わって行きます。平和的な生き物だと思われていたチンパンジーが、実は「殺し合う類人猿」である側面が発見され続けたからです。
ここから進化生物学者らは「人間も一皮むけば恐ろしい怪物なのだ」と人間の残酷さや暴力性を証明する根拠だと主張するようになります。「人の善意などまやかしにすぎない!もともと人間は利己的な生き物なのだ」とも。

しかし今度は、20世紀になって知られるようになった同じ類人猿のボノボがこうしたイメージを覆します。
著者によれば「ボノボは、健康的な性欲を持つお気楽な類人猿だ。平和を好むボノボの性質は、霊長類はみんな流血好きだという観念を裏切っている。ボノボは仲間に共感することで、相手の欲求や必要を理解しその達成を手助けする。」平等で争いを好まず、仲間を殺すこともほとんどないボノボ。
「殺し合う類人猿」チンパンジーと「平和で思いやり深い類人猿」ボノボ。さてあなたや私は一体どちらを受け継いでいるのでしょう?
「鏡に映った自分を素直に見たほうがいい。」「どちらも鏡のなかにいるのだから」。著者の結論です。

残酷な犯罪や戦争についての連日の報道、あるいはむき出しの競争主義礼賛に出会うたびに「人類の性」を感じさせられて、我々人類には「連帯や平和、愛と共存」などの言葉とはますます縁遠い存在になりつつあるのではないか。そんな不安に駆られるとき、「平等で平和な社会、他者への共感と思いやり」といった性質が人類のもう一つの進化の産物であることを知ると「まだまだ人間社会、きっと捨てたものでもないはずだ」と希望を持つことができるような気がします。

世界で最も豊かな国アメリカが、健康面では世界有数のお粗末な国になった原因には、むき出しの競争主義の結果、激しい格差と不平等・ストレスがある。「仲間と連帯できないと人生は耐え難いものになる」
類人猿と人間の世界の接点を探しつつ、現代社会のあり方をも考察する動物行動学者の指摘に、読者は大いに刺激を受けることでしょう。

表題の「APE」は本当は「サル」ではなくて「類人猿」。著者は、オランダ生まれ。世界有数の霊長類研究者として知られる。エスプリのきいた文章も楽しいですね。
藤井留美訳 早川書房刊

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