とんかつの誕生

2otona.gif■沖縄のとんかつ
数年前、沖縄に行った際、帰りの飛行機の出発まで少し時間があり、ちょうど昼時だったので那覇市国際通りで「とんかつの店」を探したことがありました。 沖縄は日本で有数の豚肉消費県だと聞いていましたから「きっとおいしいとんかつの店があるにちがいない」とふんだのです。
ところが探してもそれらしいお店が一向にありません。やっと一軒みつけて入りました。 店のアルバイトらしい人は白人の男性で、ロースと頼んで出てきたとんかつは大きなブロック肉、衣は薄くしっかりしていて、横にも縦にも包丁がはいっていました。ふだんなじんでいるものと少々ちがいましたが、まぎれもなくとんかつの店であり、おいしくいただいて満足して飛行機に乗りました。
空港にむかうタクシーの運転手さんに聞くと「とんかつ?あんまり沖縄にはないよ。豚肉は油で揚げることしないでみんなたべるからね。あんたが入った店は、那覇市内では一番おいしい店の一つ。飛び込みで入ったんなら、良い店に入ったよ。」と教えてくれました。
「そうか沖縄の人は、伝統的によく豚肉をたべるのに、とんかつとして食べるわけではないらしい」と思えました。

■明治維新と洋食
では、洋食の王者・とんかつはどのようにして誕生したか?その疑問に答えてくれるのが、この本です。著者は、長く日清製粉で小麦粉の研究に携わってきた人で、食文化史研究家の岡田 哲さん。
とんかつに限らず、あんパン・ライスカレー・コロッケなど、日本の庶民が西洋料理を自分の口に合うように改良して、洋食として定着していく様子を描いて楽しいよみものです。
豚肉は、もともと江戸時代に中国から当時の琉球・薩摩をへて伝わってきたとされています。でも、さかんに食べられるようになつていくのは、やはり明治維新後のことのようです。

■天皇の肉食
明治五年正月、明治天皇はついに肉食をします。近代化の遅れ・欧米人との体力差を解消しつつ、その文明をどう取り入れるのか、肉食の解禁はその答えの一つでした。「天皇にみずから肉食の範を示してもらい日本の近代化を推進しようとした」のです。
肉食に反対する白装束の行者10名が皇居に乱入し、4名が射殺される事件や、肉食派の福沢諭吉と米飯派の森鴎外との対立などのエピソードも交えて、その後、肉食が定着していく歴史もこの本ではたどってあります。
さて、文明開化の掛け声とともに奨励された洋食も、ナイフやフォークをつかって食べるのは庶民にとっては苦手なものでした。しかしここで発揮されるのが日本人の知恵、次第に味も食べ方も自分たちになじみやすいものに改良していきます。 東京銀座の煉瓦亭が刻みキャベツをつけたとんかつの前進「豚肉のカツレツ」を売り出したのが明治28年、大正7年には「かつカレー」が、三年後に「かつ丼」が誕生。

■ついに上野で誕生
分厚い豚肉に下味をつけ、てんぷらのように揚げる。付け合わせに刻んだ生キャベツ、箸でたべやすいように包丁できって皿へ、味噌汁とご飯がよくあう、ポークカツレツとは似て非なる日本三大洋食の一つ、とんかつが上野御徒町「ポンチ軒」でついに誕生するのは昭和4年のこと、ポークカツレツの登場以来じつに60年が歳月がすぎていました。
なぜ日本でこれほど「洋食」が定着していくのか、なぜ中国や朝鮮半島ではそれほど定着しなかったのか、カレーライスやコロッケ・あんパンなどはどうやって登場したのか、などなど、ここまで本書の受け売りをしてくると、疑問はどんどん広がって際限がありません。
あとは、同書を読んでいただくとして、さて我が家でも、とんかつを揚げる良いにおいがしてきました。夏バテしないように 今夜の夕食は「とんかつ」。ビールもよく合いますね。いただきまーす!

■出版社:講談社選書メチエ

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