キリストが処刑されるまでをリアルに克明に描いたメル・ギブソン監督主演の『パッション』という映画がアメリカで評判となった時、他の宗教を否定する主観的独善的ブッシュ型キリスト教史観がさらに広がっていくのではないかと危惧しました。
そしてキリスト教を題材にしたらしい『ダ・ビンチ・コード』という本が、アメリカで大きな反響を呼んでいると聞いて「アメリカは偏狭なキリスト教の熱にでも浮かれ始めているのか知らん」と思ったのでした。
でも手にとって少し読むと「おやぜんぜん違う話じゃないの」。
舞台はパリ・ルーブル美術館。館長のソニエールが何者かに殺される事件から物語が始まり、殺人の疑いをかけられたハーバート大学教授ラングトンはソニエールの孫娘と一緒に事件に隠された秘密を解き明かしていきます。
どうやらソニエールは、原始キリスト教の色合いの強い秘密結社シオン修道会の総長。過去の総長には、レオナルド・ダ・ビンチをはじめ、ボッティチェリ、ニュートンなどが名を連ねているらしい。
「聖杯とは聖なる女性や女神の象徴なんだよ。もちろん、それは教会によってほぼ完全に抹殺されてしまった。」「イエスは男女同権論者の草分けだ。教会の未来をマグダラのマリアの手に委ねるつもりだった。」
キリスト教成立期以来、カトリック教会が葬り去ろうとして果たせなかった原始的伝承や人間的なキリスト像、それを延々と守り抜いてきたという秘密結社の実像が、ダ・ビンチの「最後の晩餐」に込められた暗号解読をはじめ数々の謎解きをとおして浮かび上がります。
奇怪な宗派の攻撃やどんでん返しも絡んで、まるで映画のようなサスペンス仕立てについ読み進んでしまいます。
私は、出張の時に上巻を買って機上の人となったのですが、途中で読み終えてしまい、旅先で下巻を探し回ったほどでした。
単なるベストセラーではない「キリスト教ブーム」とでもいえる社会現象を巻き起こした本書の刊行は、まぎれもなく04年読書界の事件でした。
■出版社:角川書店