昨年3月、リーガロイヤルホテル小倉で「久女と私」と題する田辺聖子さんの講演会が開かれました。久女とは小倉が生んだ悲劇の天才女流俳人・杉田久女のこと。田辺さんは、久女に暖かい目を注いで「花衣ぬぐやまつわる わが愛の杉田久女」を書き、その作品は1987年度の日本女流文学賞にもかがやきました。 1700人で埋まった会場で田辺聖子さんは「久女さんは国の宝です」と話し、激しく一途な女流俳人の作品と生涯について次々と語りました。大変面白く、またその姿は(そのご年輩には失礼ながら)可愛らしくさえあり、感激したのを覚えています。
その田辺聖子さんが日本文学の古典中の古典「源氏物語」について、毎月一回、大阪のリーガロイヤルホテルで36回にわたって語ったのをまとめたのが本書です。新源氏物語の訳もある当代一の源氏読みで、実力ナンバーワンの作家がその神髄を語るのだから、面白くないはずはありません。 そのお話は千年も昔の王朝時代を縦横無尽に駆けめぐり、光源氏をめぐる数々の愛の物語をあざやかにひもとくのです。
ダンテよりもシェークスピアよりも、何百年も前の日本にすばらしい愛の長編小説があり、それが一千年にもわたって受け継がれてきたのは、たしかに奇跡に近いことだと思います。なのに今の私たちはそのすばらしい遺産にふれる機会が何と少ないことでしょう。 田辺さんは「源氏物語は大変面白い小説ですから、難しく考えないで楽しくおしゃべりしましょうね」といいます。そのお誘いにしたがって、しばらくは王朝のファンタジーに浸って楽しい豊かなひとときをすごすのも良いのではないでしょうか。
(本書は、桐壺から松風まで全3冊のうちの(一)。次が待ち遠しい!)
■出版社:新潮社