すっかりデジタルの時代とはいえ、書店でインクのにおいに包まれながら、本を手に取ってどんな内容なのか探る楽しみは、何物にも代えがたいものがありますね。
私の子どものころ、町には小さな本屋さんがあって、狭い入り口から入っていくと、奥のほうに機嫌の悪そうな親父さんが店番でいて「子ども相手は面倒くさい」なんて顔をされたりしたものです。
かつてどの町々にあったこんな小さな本屋さんは、今の日本にはほとんどなくなってきてしまったようです。
今日ご紹介する作品の舞台はアメリカ。ある島の一つだけの小さな本屋『アイランド・ブックス』に、出版社の営業をしている若い女性アメリアが訪ねていくところから物語が始まります。
(出版目録を持って、半日がかりで島の書店を訪ねるなんてシステムが、現代アメリカにはまだ残っているのかしらん。)
その書店主が、島育ちの妻を事故で亡くしたばかりの気難し屋のフィクリー。人付き合いは苦手、扱う本も偏っていて、周りからはちょっと変わった人扱い。書店の将来も危ぶまれる中、一大事件が発生します。
フィクリーがジョギングから帰ると店のなかには、2歳の女の子マヤが。書店主にこの子を託す母親の手紙が添えられ、後日、この母親は自殺したことが判明します。
マヤを里親に出すことをためらったフィクリーは、自分が育てることにしますが、何しろ子育てをしたことがない、やもめ暮らしのフィクリー。おなかを減らしたマヤに何を食べさせれば良いのかをグーグルで調べる始末。
心配した警察署長や妻の姉など周りの人たちは、入れ代わり立ち代わり書店にやってきてはお世話をしてくれます。
あまり本を読まなかった警察署長も多彩な本に親しみ、読書会も始まって、聡明なマヤは周りの人々と本に囲まれ、すくすくと育っていきます。
フィクリーはアメリアと再婚、書店経営も順調に進みますが、ある時、フィクリーは病に倒れてしまいます。
マヤがフィクリーに託された理由も、消えた稀覯本事件の謎も判明しますが、フィクリーはついにこの世を去り、アイランド・ブックスは…。
作品では、2歳のマヤが、本と愛情に包まれてぐんぐん成長していく姿が、とても愛らしく描かれ、感動的です。
また、警察署長をはじめフィクリーの書店を通じて絆を深める周りの人々の姿は、かつてのアメリカホームドラマのような善良さと愛情も感じられて、とても心地よい気分にさせられました。
「いいかい。本屋はまっとうな人間を惹きつける。…おれは、本のことを話すことが好きな人間と本について話すのが好きだ。おれは紙が好きだ。紙の感触が好きだ。…新しい本の匂いも好きなんだ」と警察署長は語ります。
私たちも「書店がある町の幸せ」を、ずっと感じていたいものですね。
この作品は、出版後「“ニューヨーク・タイムズ”のベストセラーリストに4カ月にわたってランクインし、全米の図書館員が運営する“Library Reads”ベストブックに選ばれた」のだそうです。
また、日本では「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本、2016年本屋大賞」翻訳小説部門の第一位に選ばれました。
小さな書店を舞台に、本との出会いが人々を変化させる本の魅力を描き出していることで、日本の書店員さんたちから高い評価を受けたのは不思議ではありませんね。
(ガブリエル・セヴィン著 小尾芙佐・訳 早川書房刊)
追伸 この夏(2016年)の出版界で「本の力」を描く作品がもう一つ。
ナチスによる絶滅収容所という極限の地獄にあっても、本が与えてくれる「希望」や「生きる力」を、事実に基づいて描き出した『アウシュヴィッツの図書係』も、すばらしい作品でした。(アントニオ・G・イトゥルベ著、小原京子訳、集英社)