丸谷才一さん逝く

作家の丸谷才一さんが10月13日早朝に亡くなったことが報じられています。

残念でなりません。

もともと東大英文学科を卒業され、欧州文学に精通しつつ、同時に日本古典文学や国語への造詣も深い方で、洋の東西あらゆることに興味を持ち、鋭い批評では多くの文学賞を受賞、書評と言うジャンルを日本で確立した業績も高く評価されています。随筆を書けば、ユーモアにあふれ「うまい!」とうならせる芸を見せる。本当の教養人とはこういう人のことを言うのだと思います。

私は丸谷さんを勝手に尊敬し敬服し、この人のような力を身につけられたらどんなに素晴らしいだろうと思いつつ、同時にとても及びもつかないことを痛感しながら、氏の作品に魅せられてきました。

氏からは、自由な視点あるいは自分の個性に基づいて物事を解釈することの意義や楽しさを教えてもらった気がします。

たとえば「忠臣蔵とは何か」(1984年刊)では、討ち入りという事件が、御霊信仰という江戸時代の精神世界の影響によって発生した霊しずめ儀式なのだと絵解きする。おそらく史実としては違うのではないかと思いつつ、カーニバルとしての忠臣蔵の人気や永遠性などを解明した評論家の力には敬服するしかありませんでした。歴史的事件と続く物語を、こんなに自由な考え方をして解釈して良いのかと、忘れられない大事な作品となって、同書は今も私の本棚にあります。

驚きは丸谷さんが高齢になっても、若い人にも新鮮で面白いと感じられる作品を生むことができる力でしょう。女性新聞記者を主人公にした「女ざかり」という作品は、氏が68歳時の刊行のはずですが、当時の現役サラリーマンなどに大変受けてベストセラーになり、吉永小百合の主演で映画化までされました。

氏の作品は、ジョイスをはじめとする英文学論など難しくてついていけないものもありますが、一般向けの作品はウイットに富み楽しいものばかり。「どうだうまいだろ!」と笑みを浮かべる丸谷さんの顔が見えるようです。まさに文士というべき方だった。

これほどの力量のある文士は、日本ではもはや田辺聖子さんなど、ほんの数人しか残っていないのではないかと私は思います。その田辺さんも、近年はご病気だとお聞きしています。さびしい限りではあります。丸谷さんの後を継ぐ文士は、登場してくれるのでしょうか。

丸谷才一さんのご冥福を心からお祈りしたいと思います。

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