花はさくら木

15otona.gif先日、九州国立博物館で開催されていた「若冲と江戸絵画」展を見に行きました。江戸中期に独創的な世界を切り拓いた伊藤若沖の絵をぜひ見たいと思っていたので、4万3千個のマス目で描かれた「鳥獣花木図屏風」やユーモラスな「猛虎図」などに出会って感激しました。若沖をはじめ、佐賀の高僧・高遊外売茶翁、与謝蕪村、池大雅なども活躍する「江戸中期って何ておもしろい時代なんだ!」と思っていたら、たまたま書店で購入したこの「花はさくら木」は、まさにその時代を題材にした長編小説でした。

舞台は京都。物語は仙洞女院御所での春の「ひいな遊び」からはじまります。若く美しい二人の女性。一人は伏見の船荷役を一手に取り仕切る北風組の一人娘、実は対馬からさらわれてきた淀君の末裔で豊臣家再興のシンボルとして陰謀の渦に巻き込まれていく菊姫。もう一人は、時の桃園天皇の健康がすぐれず崩御近しという状況にあって、女性天皇として即位せざるをえない運命にある智子内親王。
その昔、秀吉が開いた醍醐寺の花見をしのぐかと思える大宴会を開く北風と鴻池。もちろん花見の宴席周辺には若沖や売茶翁、蕪村などにぎやかな顔ぶれも見えます。
密貿易で勢力を拡大してきた大阪・鴻池への圧力を強め、北風組を排除した上で提携を画策する幕閣・田沼意次。その命を受けて京に乗り込んできた信頼厚い部下・青井三保は、醍醐寺で行われた花見の席の帰り道に菊姫と間違って、こっそりと参加していた智子内親王を拉致してしまいます。しかし気丈で聡明な内親王は動ぜず、仲良しの菊姫を呼びにやることにします。舟から落ちたところを偶然に青井に助けられた菊姫が彼を慕っていることを知っていたからでした。
理知的で戦略家である田沼意次の陣頭指揮の下、青井らは北風組との闘争を繰り広げ、ついに勝利します。北風組は排除され鴻池は屈服、豊臣家再興の野望も阻止されるなかで桃園天皇は崩御、智子内親王は即位し後桜町天皇となります。菊姫と青井は中国へと旅立っていきます。

恋あり活劇あり、陰謀や権力闘争も描かれたこの作品は昨年の第33回大佛次郎賞を受賞しました。鞍馬天狗などで知られる大佛次郎賞にまことにふさわしい時代小説だといえるでしょう。
主人公の二人の女性がとても可愛らしく、また「賄賂政治家」として有名な後の老中・田沼意次が、知略に長けた好人物として描かれているのも楽しいですね。実は「田沼悪人説」は彼を追い落とした政敵が流布したもので、農本主義から重商主義へと転換をはかる意次の先見性や自藩での改革を推進した実像は近年高い評価を受け始めているようです。
今年は暖かい冬でした。桜のたよりが聞こえる頃、女院御所の雛遊びからこの楽しい時代小説の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。朝日新聞社刊

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