『ネットは社会を分断しない』(田中辰雄・浜屋敏、角川新書)

ICT社会が到来し移動体通信では5Gの世界に入ろうとしていると言われます。こうした中では、ネットやいわゆるSNSの比重もますます大きくなりそうです。
しかし私自身は近年、ネットやSNSというものに対して、次第に白けた見方をしてきた自分がいたことを白状しないわけにはいきません。
もともとホームページによる情報発信など、実は私は比較的早い段階から取り組んできたと自負していますし、SNSの役割にも大いに期待していた一人でした。
しかしその後、今日までのネット社会のありようの推移は、当初の期待や希望を満たしていくものとはならなかった。本来ネット社会というものは、人々の多様なつながりを通じて、相互理解を深めることができる社会につながるはずではなかったか。
なのに、現実には、その社会では極端な意見ばかりが幅をきかせ、人を誹謗中傷したり、罵倒を繰り返す、まことに殺伐とした世界になってしまったようでした。
対立と分断だけが際立つようなネット社会には、健全な社会につながる役割などとうてい望めないのではないか、そう思いかけたとき、本書に出合いました。

『ネットは社会を分断しない』

著者のお二人による10万人規模のアンケート調査の結果は「ネットは社会を分断しない。むしろ相互理解を深めている可能性すらある」というのです。
「むしろ大半の人々はネットの利用でどちらかと言えば穏健化している。」「人々は自分と異なる意見にも耳を傾けている。」「実際には良い変化が起きつつある。」と結論付けられているのです。
しかしではなぜ「ネット上の議論は極端化し荒れている」のか。それは「一部の極端な意見の人の発言が、拡大され大勢であるかのように見えてしまう。これがため、ネットは罵倒と中傷の場になってしまうのである。」と指摘されています。
そうなのかも知れません。だとすれば希望を捨て去る必要はなさそうです。

そして、こうした「極端な議論だけを拡大して見せるネットの特性」については、現在のソーシャルメディアの設計を工夫して解決する必要があるとも指摘されたうえで「両端の意見だけでなく、中間の穏健派の意見を代表するソーシャルメディアが現れれば問題はかなり解決する。すなわち分布の中間の人々の言論空間をつくることが最大の対策になる」と述べておられます。
そのようなSNSの登場にも期待したいものです。

とはいえ目の前のネット社会は、どぎつさと殺伐さの度合いを増しているかのようにみえる今日、私が改めてネット・SNSの世界の一端に参加することには、いまだに躊躇がないわけではありません。
しかし、新型コロナウイルス感染症が蔓延し、この福岡県にも緊急事態宣言がなされ、人々の集まりもままならない今日、不肖私がブログのような形で、こうした穏健派?(極端ではないという意味で)の意見表明や、ささやかな情報提供によって、多少なりとも皆様のお役に立てることができればと考えている次第です。
どうぞご理解の上よろしくお願いいたします。

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